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懐かしい現在 写真家・富澤大輔 インタビュー


写真家・富澤大輔が写すスナップ写真はどこか不可思議だ。現在を撮影しているはずなのに、なぜか遠い昔の光景を見たような感覚になる。











例えば、高度経済成長期の真っ只中である60年代の光景のようにも見えてくる。しかし、1993年生まれである彼は、その当時を直に経験しているはずもなく、なにより全ての写真はここ10年で撮影されたものだ。それにも関わらず、10年よりもさらに過去へと遡るような、古き時代の匂いが立ち込める写真を写し出す。

そんな現在と過去のギャップや時制のズレが彼の写真のなかに存在しているように思える。常に“今”をスナップ写真で切り取りながらも、滲み出してしまう過去の要因は一体何なのだろうか?

彼のスナップ写真の謎を解き明かすため、生い立ちから、写真を巡る過去・現在・未来という時間の流れまで、ざっくばらんに話を聞いた。


台湾で過ごした日々

—これから作品について考えていく取っ掛かりとして、どういう風に写真と関わってきたのかを聞いていきたいです。まず写真をはじめたきっかけは?

小4の時に親父が亡くなって、形見としてカメラをもらって。でも、使い方がよくわからないから、ほっぽり出してた。中学校の時にデジカメで写真を撮っていたんだけど、フィルムで撮りたいと思って、せっかくだから親父のカメラを使おうと。それが、はじまり。

—それからずっとフィルムで撮ってるんだね。

それで、中学の終わりの頃に、東京都写真美術館でやっていた木村伊兵衛とアンリ・カルティエ・ブレッソンの展示に連れていってもらった。そこで初めて写真家という存在を知るわけだね。でも、それから撮り方が変わったわけではなくて、彼らの写真を見て「あ、このままでいいんだ」と思った。

—彼らはスナップ写真の名手だよね。

あと同じ頃に、森村泰昌を知って。すげー面白かった。

—仮装してセルプポートレートを撮る人だね。

そう。あと、その頃に「偽歴史写真」みたいなものを撮ってたな。小学生の弟に変な格好をさせて、ちょびヒゲを描いて、それをモノクロで撮るみたいな。風刺画が好きだったから、軍服とかを着せて、ナイフとフォークで地球儀を切り分けるような写真を撮ってた。

—歴史の教科書に載ってるいわゆるポンチ絵みたいな。

そうやって見たことあるものを思い出しながら撮って遊んでたね。







—日本にはいつ来たんですか?

16歳の時。最初は、半年くらい仙台で暮らしたんだけど、半年間でフィルム1本分くらいしか撮ってない。なんにもする気が起きなくて。ホームシックもあったし、鬱みたいになってたのかも。その後、千葉に移って。

—高校はアート系ではない?

そう。理系に進んで、高2で挫折したから、高3で文転して。ゴールデンウィーク明けくらいに美大に行こうと思った。

—それは写真をやっていたから?

いや、僕は芸術全般が好きだったから、写真はあんまり関係ない。それに、歴史とか、考古学とか古生物学のような学問も好きで、学者や研究者になりたい時期もあった。だから、やっぱり記録を読み解くことに興味があったんだね。

—なるほどね。

その後美大に入るための受験をしたんだけど、落ちちゃって。浪人になったから、一回、台湾に帰った。それから墾丁っていう最南端のリゾート地で旅館の住み込みバイトをしてたんだよ。夜は屋台を引いて革細工を売ってたの。「さぁさぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。墾丁の革細工はいかがですか」みたいなことをやってて(笑)。

—それはいい経験だね(笑)。

それがすごくよかった。周りはテキヤでヤクザみたいな人ばっかりでさ。知らない世界があってね。もっと写真を撮っとけばよかったなって(笑)。あとは、バイクを買って、台湾を一周するとか。そうやって受験に向けて写真を撮り溜めてた。











“偽歴史”を作って遊ぶ

—「偽歴史写真」という言葉が出てきたけど、昔っぽく見せる遊びはその後も続けてるんですか?

高校の時にmixiで日記を書いてたんだけど。それが架空の大学のなんとか教授があるものを発掘したらしくてっていう架空のことを書く変な日記で。当時は、「ナショナルジオグラフィック」を購読してたから、最新の発見とかをもじって書いてたんだよね。モキュメンタリーの文章版みたいな。

—嘘なんだけど、もっともらしく見せるっていう。

日記の中でも自分で撮った写真を載せたりしてたね。モノクロでざらついてて、露出が合っていない、古く見える写真を作ったりして。文章では「1910年代にこういう人がいました」みたいな嘘のことを書いていて、それを読むと、写真もそういう風に見えてきちゃうという。

—面白いね。研究者になりたかったって言ってたけど、やっぱり歴史が好きなんだね。

ただ、歴史と言っても大きな事件が好きなわけじゃなくて、江戸とか大正とか、戦争のないなんでもない日々が好きなんだよね。だから、例えば、幕末はそこまで興味があるわけじゃないのね。

—どんな歴史の出来事が好きっていうのはあるの?

例えば、江戸時代に大食い大会があって、食べ過ぎで死んだやつがいるとか。そういう話がすごく好き。

—なにそれ(笑)。それは、どこかで読んだもの?

好きな江戸学者で杉浦日向子っていう漫画家がいて、『お江戸でござる』の監修をした人なんだけど。彼女の本がすごく面白かった。他に笑ったものだと『屁合戦絵巻』とか。それはいわゆるおなら大会みたいな(笑)。そういう変な大会や催しものがしょっちゅう行われていたらしくて、そういうなんでもない日常に目がいくね。そう考えると、大きな事件だけではなく、日々のことすべてが面白いなって思っちゃうんだよね。











「アンダンテ」(2017)


生活の記念写真

—若手の登竜門と言われるコンペ「1_WALL」に出展した作品の「アンダンテ」は、直近の1年間を撮影したスナップ写真をまとめたとのことだけど、それはどうして?

まず、ここ最近から見出せることは何だろうか?という疑問があって、ひとまず1年分から僕がやりたかった写真について考えた。「日常とはどういうことなのか?」とか、時間という概念があるならば、「この時代とはどういうものなのか?」とか、そういうことを考えようと思って。

—「時間」というのは、過去、現在、未来とか、そういう時間の流れのこと?

そういうものとか。時代を捉えるっていうすごく大きな視点なんだけども、それって普段住んでる範囲内、見えてる範囲内からでも見出せるんじゃないかと。

—具体的にはどんな範囲になるの?

例えば、火事とか地震とか、そういう事件はいわゆる非日常と呼ばれる出来事で、ものすごくインパクトがあるけれども、本質はもっと僕らの日常の方にあるんじゃないかな。今、この時代を見出すヒントは、大きな出来事よりも日常の中に見え隠れしているように思える。

—「日常」ということで言うと、作品の説明にあった「私の生活の記念写真」という言葉がキラーフレーズのように聞こえました。

まさにその通りで。僕の写真は、全部「記念写真」なんですよ。今後、僕らが暮らす世界が未来にしかない限りは、記録を残すこと、そして、その記録を読み解くことそのものを日常と呼ぶんじゃないかと思う。日常の本質はそこにある気がしなくもないなって。そういう考えに基づいて「記念写真」と呼んでる。

—「未来にしかない限りは」という言葉が気になったのだけど、もう少し詳しく聞きたいです。

未来というものが存在して、過去も存在して、現在もあるっていうことを前提とする。

—過去から未来まで時間の流れがあるならば、ということだね。

そう考えると、過去があるからこそ、未来はあるんだよね。未来は過去の出来事から予想することで見えてくるわけでしょ。過去も記憶があるからこそ、過去はあったんだって想定できるわけで。

ー極端に言えば、記憶からしか過去を実感できない。

そうかもしれないよね。記憶があるからそうだと思ってるだけで過去があるかどうかは証明できない。ある意味、記憶は記録の一種だよね。デバイスが自分ってだけで。

—なるほど。「記録」って写真の原理だよね。

そうだね。カメラは、写真を撮ることによって僕のまなざしを決定的に過去のものにしてくれる。つまり、記録になることで決定的な過去として扱えるようになるんだよね。そうやって過去になるからこそ、僕らの生活を読み解くことができる。そして、だからこそ、未来を想像することができるんじゃないかと。

……それと、矛盾することがあるかもしれないけど、2016年の1年間は僕にとっていろいろあった。可愛がってくれた親戚が立て続けに亡くなったり、台湾から日本に来て8年目になって、故郷で暮らしていた時間よりも長くなってきた。僕はハーフだから、いろいろとアイデンティティの問題があるし、だんだんと中国語が話せなくなりつつある。故郷が日常ではなく、遠い場所としての“故郷”になってしまっている現状だとかね。








「アンダンテ」(2017)


—それは、長い時間が過ぎていったってことだよね。

うん。そういうことは、個人的と言っていい事件のはずなんだけど、日常は結局それらを無視するかのごとく過ぎていくし、そういう日々を僕らは送り続けないといけない。このことは何を意味しているのか。そういうことを考えていきたい。それに、「かつてそういう暮らしがあった」ということは、写真からしか見出せない。写真以外からでも見出せるかもしれないけど、具体的なイメージとして残せるものは写真だよね。

—じゃあ、作品として出している写真は、そういう日々の中から、記録として残すべき「記念写真」を選んでるってこと?

僕にとって撮った写真の全てが記念写真だから。でも、全て出すわけにはいかないよね。

—本来ならば、全部出してもいいってこと?

本当は全部出していいけど、作品としてとりとめがつかなくなるよね。

—そうだよね。

記録するという行為としては成り立つかもしれないけど。ライフワークに近いのかもしれないね。

—日記的なことではない?

言ってしまえば日記。言ってしまえばだけど。作品に関しては、僕という人間の視点を通して、既視感を感じてもらうことに面白みを感じてるのかもしれない。

—既視感? 写真を見た人の生活と、写真に写ってる生活がリンクするということ?

そう。うまく言葉ではまとめられないけど。









AVAVA PHENOMENON」(2016)


“今”なのに古く見える時間のズレ

—富澤くんが撮る写真を見た個人的な印象は、「時代がわからなくなる」ってことで。僕と同い年で93年生まれだから、生きている時代は同じはずなのに、なぜかとても昔のことのように感じる瞬間が写真にある。そこが面白いと思いました。

それは僕も面白いと思ってる。でも、撮ってる時はそれを狙ってるわけではない。結果的に面白いと思った写真のうちのひとつがそれだったというだけで。あと、今考えたことだけど、自分の日常を歴史に繋げることによって、「ただの日常が歴史に組み込まれていく面白さ」みたいなものは感じてるかもしれない。

ー「歴史に繋げる」というのは、生活を記録として残すという意味?

そう。あとこれも今思い出したことだけど、小学校の頃の夢が、「歴史に残ること」だった。でも普通は、よっぽど偉人じゃないと残れないし、誰も残してくれないんだったら、自分で残してやろうと思ってる部分はあるかもしれない。だからいっそのこと自分自身を偉人に見立ててしまえばいいんじゃないかと(笑)。

—それは面白いね。写真を見せてもらって思ったのは、モノクロとカラーが混ざっていたり、日本と台湾で国を跨いでいたりするから、「これは、いつなんだ?」と混乱することがある。そういう部分からは、「日常を歴史に繋げる」という感覚がなんとなく伝わってくるんだよね。

まぁ撮ってるのは全部今なんだけどね(笑)。歴史が好きなこともあって、昔の記録写真とか、古い時代のファッションとか、考え方とかが好きなんだよね。だから自然とそういうことになってしまうのかもしれない。









「大使命」(2016)


—変な言い方だけど、教科書の記録写真に見えてくる写真があったりするんだよね。例えば、現代社会の教科書に載ってるモノクロ写真のような。

それは分かる。そういうものが好きだから。あとは、物理的に台湾が日本の80年代くらいの感覚だってこともあるかもしれない。下手すると、昭和30年くらいから変わってない(笑)。

—風景としても、風俗としても、昔のものが残ってるということは写真から伝わってくるし、富澤くんはそういうものに意図的に目を向けてる気もします。

それは無意識にやってると思う。要は、写真って好きなことに目線を向けて撮るものだから。

—うーん、昔っぽいものを写してるから、そう見えるだけなのだろうか……。

写真と直接的に関係することじゃないかもしれないけど、小学6年生の最後の日、卒業するのがすごく悲しかったんだよね。おじいちゃんになってから「小学生の時にこういうことがあったんだよ」って思い出話を語ろうと思った時に、そうやって話すネタを探せるのも今日までかと考えちゃって。

—そういう考え方もあるんだ(笑)。それってつまり、未来から現在を見るっていう視点だよね。おじいちゃんになっている未来から、”過去のものとして”現在を捉えるっていう。これは意識の持ちようや捉え方の問題かもしれないけど、そういう独特な時間の捉え方が無意識に写真に出てくるのかもしれないね。

そういう視点はあるかもしれない。結局、僕がやっているのは、未来からの視点で撮るドキュメンタリーってことになるんだろうね。そうやって過去のものとして現在の生活の写真を撮り続けることで、未来で語られるであろう歴史を作ろうとしてるんだろうね。


PLOFILE
富澤大輔
1993年台湾高雄市出身
2009年単身渡日
2014年東京芸術大学美術学部先端芸術表現科入学


STAFF
Writer: 酒井 瑛作(Eisaku Sacai)
Editor: 廣田 利佳(Licaxxx)