特集

あたらしい自然 写真家・Nozomi Teranishiインタビュー


2011年、東日本大震災が発生したそのとき、彼女は地元である福島県にいた。街がバラバラと崩れていく、その様子が強く印象に残った。



The Regeneration of Complex Societies(2015)


写真家・Nozomi Teranishiにとって作品を作る目的とは、震災に対する折り合いのつかない意識を消化することにあった。自らの中にあるネガティブなイメージを手放すために作品を作るのだという。その方法のひとつに、Photoshopを用いて写真を加工するという方法がある。元の写真が何なのか分からなくなるほどに、コピー&ペースト、変形が加えられ、完成したイメージはまったくの別物に変わっていく。そうして変化したイメージからは、人工物と自然物の境界を曖昧にしたような複雑な景色が浮かび上がる。彼女は、写真に写るイメージそのものを自らの手で変化させることで、同時に、自らの意識をも変えようと模索しているのだ。

今回のインタビューでは、制作を通じて震災に対する意識はどのように変わっていったのか? そして、彼女の作品に多く見られる「自然」へのまなざしにはどのような意図があるのか? そんなことを聞いてみた。


福島を離れた4年間と変わらなかった風景

—写真を撮りはじめたきっかけは「お告げ」があったからと聞いたのですが、どういうことなんでしょうか……。

当時、熊が出るくらいの山奥の大学にいて、冬に雪が降ると本当にやることがない。もちろん遊びに行く場所はないし。だから、部屋で寝ていたんですよ。そしたら、突然「人の写真を撮れ」と(笑)。

—なんか変ですね(笑)。声とかが聞こえたんですか?

どうなんですかね(笑)。とにかく自分のアイデアが出てくる感じとは明らかに違って、自分では全く考えつかなかったことでした。大学は美術系ではなかったので写真とは関係なかったのですが、突然撮るようになった。1学年170人くらいの小さな大学でしたが、まず友達にモデルになってもらって。その後ニューヨークへ留学に行ってからもお告げ通りに人の写真を撮り続けましたね。

—地震が起きた当時は、福島に住んでいたんですよね?

私が住んでいたのは、福島のちょうど真ん中で、被害はそこまで大きくない地域でした。でも、目の前で屋根の瓦が飛んだり、塀が崩れたりということがあって。住宅地に住んでいてまわりに人がいたので、悲鳴が聞こえてきたりとか、そういう瞬間を経験しました。

—本当にいままで経験したことのないような地震でした。その後、大学や留学で一旦福島を離れて、現在はまた戻ってきているんですよね?

ただ、大学に入って福島を離れていたときも、いろんな街でふとした瞬間に震災のイメージが重なってしまうときがあって。例えば、高層ビルに囲まれた東京やニューヨークで、ビルがバラバラに崩れてしまうんじゃないかとか。ニューヨークでは福島の放射能問題について差別的なことを言われたこともありました。そういった言葉に対してはダメージを受けなかったのですが、福島を離れている間も常に福島のことが頭の中にありました。

—その後、大学を卒業して福島に戻ってきたんですね。

戻ってくると、いまだに公園に放射能測定器があったり、汚染土が入った袋が各家庭で保管されていたりして。たぶん福島を離れず4年間生活していたら、ちょっとずつ気持ちを消化できる部分があったと思うのですが、離れていた分、時間が経ったはずなのに何も変わってないと感じました。当時の感覚に戻されたというか、消化しきれていなかった部分がまた鮮明に蘇ってきて。

—福島を離れた当時と変わらない光景が広がっていたと。

本当に直視したというか。


抱えている問題を手放すために

ーそういった震災のイメージを消化するために、本格的に制作をはじめて、最初に作ったのが、「The Regeneration of Complex Societies」。





The Regeneration of Complex Societies(2015)


それまでは人の写真ばかりを撮っていたのですが、自分の中の問題を解決したいという気持ちからこういった表現が生まれたように思います。この情景って、震災の時に見たバラバラに崩れていく街の様子が、東京やニューヨークの景色にふと重なってしまっていた時に見えたものなんです。でも、このシリーズの制作では、「そういうネガティブなイメージは自分が勝手に作り出していたものだ」と確認するための作業になりました。

—この写真を見て、やっぱり最初の印象は「瓦礫だ」と思ったんです。“物質“という印象が強かった。でも今朝、寝起きにもういちど、頭や視界がぼーっとしている状態で見てみたら、地球の地表にも見えてきたのが不思議だったんです。

そういう風におっしゃってくださる方もいて、例えば、「波みたいに動いてる」とか「地表に見える」とか。よく考えると、人工物は元をたどれば、自然物でもあるから、そういう見え方は面白いなと思いました。一瞬、ネガティブなイメージに見えるかもしれないけど、自分にとってはポジティブな変化に向かうための作業でした。だから、画自体に良いも悪いも、プラスもマイナスもないという状態です。

—ちょっと離れてみると、ひとつひとつのパーツの意味がなくなって、抽象的なグラフィックのようにも見えてくる。そうなると、グーグルアースから見た山脈のようにも見えてきたんです。近くから見ると、「崩れている」って印象が強いんですけど、遠くから見ると、別の光景として見えてくる。

気持ちの整理がついたからこそ、そう感じる部分はあると思うのですが、地震自体も自然現象ではあるし、自然の動きのひとつだったんですよね。

—地震は自然のリズムの中のひとつの出来事だったんだということは、ひとつの見え方として感じたことでした。イメージに対する捉え方がポジティブに変わったというのは、作っている過程に気持ちが変化していったということですか?

自分のなかでは、制作過程が作品なんです。パソコン上ではあるのですが、ひとつひとつのパーツを手作業で切って貼っているので、1枚作るのに3ヶ月くらいかかったものもあって。自分の中でとにかく震災に対する気持ちを消化できるまでやり続けたということだとは思うんですけど。でも、不思議なもので、「よし消化するぞ」と作りはじめたものではなくて、いつの間にか手を動かしていた。

—そういったコラージュってどこまでも続けていけそうな気がします。完成したと感じる瞬間はあるんですか?

最初は人工物が崩れていくイメージを作っていて、だんだんと植物とか、自然物が入ってくるものを作っていて。これが最後の1枚なのですが、人の団結力というか、人のパワーを良い意味で感じて。その1枚で、自分のなかでは一区切りがついた。


The Regeneration of Complex Societies(2015)


—もともとは被災したときの経験がイメージとして頭に残っていたけど、そう感じることもなくなった。

震災のイメージを重ねてしまうことは作品を作ってからはなくなりました。自分の中で起きた問題は、作品を生み出していくことで消化できると分かったからかもしれません。だから、震災のイメージに対する付き合い方もすごく変わってきた気がします。当時は、自分の内側の問題として終わっていたのですが、「じゃあ、どうしよう」、「何を作ろう」というような話に移れるようになったんです。

—問題に対する対処の方法やその選択肢が生まれたと。制作のどんな部分で意識が変わっていくんですか?

この作品の場合は、画像をバラバラにしていく過程で、自分が作り出していたイメージ(=幻想)を解いていきました。他の作品では、また別の関わり方があって、どうしたら問題を手放せるかということを考えていくと、それぞれ問題によって方法が変わってきます。自分の中のイメージをどうやったら変えられるかといろいろと試しているんです。




Grave of the Images(2016)


デジタル上に自然の手触りを

—直近の作品を見ると、デジタルっぽさがだんだんとなくなってきているように思えました。例えば「Drops」であれば、ツルツルとしたイメージから、手触りのあるゴツゴツとしたイメージになってきている気がします。筆致のように、手で作った跡が見えるような……。これは問題を解決する方法の傾向が変わってきたということですか?

Photoshop上で制作するものに関しては、最初の作品とやっていることはあまり変わらないのですが、自分のなかの目的は変わってきていて。2月に展示をした 作品は、画面のうえでも岩のザラザラした感じとか木の感触を触れるくらい近いものにしてみたいという意識があって。





Drops(2016)


—先ほども少し話に出ましたが、作品の中の自然の要素がだんだんと大きくなってきているように見えます。

同世代の友達に山とか川とか自然の話をしたいとなったときに、あんまり面白いと思わないのかなと感じることがあって。例えば、都会で暮らしている人の生活にはなかなか関わりがないというか。ちょっと遠かったりするのかなと思っていて。

—レジャーや旅行で自然に触れるというイメージは強いかもしれないです。

でも、もう少し自然の面白さを身近なものにしたいという思いがあって、デジタル上でそういう質感を流せたら面白いんじゃないかなと。基本的にパソコンを使って、写真を加工していっているので。

—例えば、普段自然には触れていないけど、つねにスマホの画面には触れているような人に対して、木とか岩だとか自然物に触れられる機会を作るということですか?

そうですね。もしかしたら、インターネットを通じて流れ着くかもって。


居心地の良い自然へとトリップする

—デジタルと自然という一見相容れないものが一緒になると面白いですね。そもそも自然を身近にしたいと思ったのはなぜ?

学生時代に人を撮っていたあたりから、「人と自然をつなぐ」というテーマがあるんです。ただ、自然と言っても、それぞれの自然があると思っていて。私にとっての自然は、祖父が山に暮らしていて、さらに、もうひとりの祖父が和歌山で捕鯨をやっていたから、山、海、川といったまさに自然といった感じで。だけど、ずっと東京で暮らしている人の中には、人工物に囲まれているほうが自然でいられるという方もいると思います。そこにいると、素の自分になれるというか。だから、学生時代に考えていた「自然」という言葉の意味が広がってきているんです。

—居心地の良い場所であれば、それが自然だということですね。「人と自然をつなぐ」ということは、逆につながっていない状況を感じていたということ?

私自身は、なるべく考え方がひとつに固まらないように、ひとつの場所にとどまらず、自然と近い暮らしをしようとしているのですが、そういう選択をするわけにいかない人もいると思うんです。一度就職したら仕事や暮らす場所を変えるのはなかなか大変だし。仕事で疲れてしまってご飯を作る時間がないとか、考え方や気持ち、身体がぎゅっとなって、遊ぶ時間より休む時間を選ぶしかない、ということもあるんじゃないかなと。
でも、どこかに遊びを入れて、やわらかい土のうえで走らないと、人間としてダメになっちゃうと思うんです。祖父が漁師だったから、つねに自然のなかで命と命のやりとりをして生きていたこともあって、それが人間の本来やるべきことだという意識が自分のなかにあるのかもしれません。

—ひとつの場所や考え方に縛られている状態は自然な状態ではない。

自分たちが気づかないうちに、あるイメージに引っ張られて生活してしまっている部分があるんじゃないかなと思って。だけど、そういうときにイメージだけでもトリップできるというか、どんなに大変でも、新しい別のイメージを自分で作っていけるようにしたいんです。そのきっかけになるのが、自然に触れることなんじゃないかなって。


人工/自然という二項対立を超えた先にあるもの

—学生時代から自然への考え方が変わっていったとのことですが、それは、作品を制作していく中で変わっていったんですか? その変化に一番影響したものは?

震災後は、原発のこともあったし、人工物に対しての恐怖感がありました。それから、自然を守りたいという気持ちが強く出てきて。でも、過去のことはしょうがないし、自分の出来る範囲で、“それぞれの自然”を考えていきたいと思ったんです。私が福島県民でもあるので、「反原発を主張したいの?」と言われたことがあるのですが、作品自体は個人的な問題を解決するために表現したので、原発に関することだけを問題にしたかったわけではないんです。

—個人の問題を解決しようとすると、人工物と自然物を単純な二項対立にはできないということですよね。「Drops」の場合は、岩とか苔とか、まさに自然と言えるような印象を受けるビジュアルですが、今の話はどのように反映されていますか?

この作品では、“それぞれの人にとっての自然がある”ということを言いたかった。元になっている写真には、建物とか人工物も含まれていて。東京で暮らしている方が自然だと感じる人もいるように、作品ごとに異なる自然があります。

—先ほど話した“人工物も元をたどれば自然物になる”という話にもつながる気がします。ある意味、デジタル上でしか成立しない自然ではあるけれど、それでも、植物や岩のリアルな質感を感じるのは不思議です。

普段、植物をよく観察するのですが、自然物って円形や波形状の形が増えて連続しているものが多くて。そういう形を作品に反映させて、画面上に自然の感触を再現しようとしています。



Drops(2016)

共同作業で問題を手放していく

—こうした制作を通じて、「希望」を感じたという話を過去のインタビューで見たのですが、詳しく聞いてみたいです。

ちょうど1年前の3月にはじめて個展を開いたのですが、作品を見てくださった人の中で、涙を流してくれた人がいて。他にも、福島の人も見に来てくれたのですが、「福島に帰りたくなったな」と笑顔で話しかけてくれた。自分の中のネガティブなことを伝えたくて展示したわけではなかったのですが、誤解を生みやすいような伝わりにくい内容ではあったので、見た人からポジティブなリアクションが出てきたのは嬉しかった。自分の問題を解決するために作っていたものが、誰かの心の変化にもつながっていくんだと気づくことができたんです。

—作品を見た人の行動を変えられるかもしれない。それが希望ということですね。

そうですね。これからは、自分の問題だけではなく、一緒に時間を過ごす人が抱えている問題をどうやって手放していけるかということを考えていきたくて。その過程を作品にできればいいなと思っています。








Too Many Black Plastic Bags(2015)







Health Freak(2016)


PROFILE
Nozomi Teranishi
写真家/ビジュアルアーティスト。1991年福島県生まれ。国際教養大学卒。2013年、ニューヨーク州立大学留学時に「人と人、人と自然をつなぐ視覚表現」を目指し写真を始める。東日本大震災や現代社会の生活における問題を題材とした写真・動画作品を多数発表。日本で個展を開催するほか、海外のアートフェアに参加するなど精力的に作品を発表している。2016年「TOKYO FRONTLINE PHOTO AWARD#6」名和晃平賞受賞。
http://www.nozomiteranishi.com/


STAFF
Writer: 酒井 瑛作(Eisaku Sacai)
Editor: 廣田 利佳(Licaxxx)